上海の歴史

上海という名は唐代にまで遡り、蘇州河の南に上海浦という村ができたのが始まりで、宋代には上海鎮と呼ばれるようになり港を持つようになります。元代には都としての機能を持つようになり、清代には海運港が設けられて地域の物流の集積地として、また国内でも有数の海運港として発展していきます。そんな上海が、国際的な歴史に登場するのは1842年の南京条約からで、アヘン戦争の終結後、条約港として開港して以来、イギリス、そしてフランスなど諸外国の租界が形成されるようになってからのことです。

租界という自らの国の行政権が及ばない治外法権地区の拡大とともに上海も展し、当時の最先端建築様式の建ち並ぶ様子は「東洋のパリ」とも称されました。1920年代頃には、日本も英米と共同の租界に進出し、極東最大の都市として発展し、アジア経済の中心となったのでした。第2次世界大戦前までは、そうした国際色豊かな植民地的都市でしたが、大戦中には戦火を逃れた様々な人々で街が形成され、華やかさと同時に猥雑さを併せ持つ混沌とした街となり、「東洋の魔都」とも称されていたのでした。

戦後、暫くのあいだは相変わらず上海に外資の進出が続きましたが、1949年の中華人民共和国成立で外資の流入は一旦終了しました。革命後には中国経済を牽引する大きな役割を担い、一大工業大都市として変貌してきましたが、近年改革開放政策という対外政策の変化により、再び国際都市としての機能を持つ中国一の大都市に急速に変貌しました。いまなお現在も著しい経済成長の中で、上海は中国のビジネスや金融の中核的なセンターとしての発展を続けています。

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